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コロナウイルス通信 2023年第32,33週 「コロナウイルスはなぜアルツハイマーや癌を悪化させ、急性腎障害や高血圧を起こすのか」

盲点



コロナウイルス感染は、特に認知症を起こした高齢者で重症化しやすく、また軽度のアルツハイマー病を患っていた人の病気の進行度合いを一気に早めることも知られています。そのほか、肺がん、腎臓がんなどを持っていることは感染と重症化のリスク要因で、感染がこれらの癌を急速に悪化させるほか、急性腎障害を起こすことも知られており、長期障害では高血圧やパニックを引き起こすことも理解されてきています。現在、これらは全て別々の機序で発生していると思われており、詳細なメカニズムも未解明のままです。これは、一般にコロナウイルスがACE2受容体を使って宿主の細胞に感染するというのが議論の大前提になっているためです。現実には、コロナウイルスはNRP-1(Neuropilin 1)という細胞膜上の受容体も利用することができ、ACE2と同じように感染の足場にしていることが既に判明しています。



本来の働き



NRP-1は主に神経細胞や内皮細胞に分布しています。シナプスの成長と管理、そして血管新生を担う働きをしています。また、血管新生は特にがん細胞が補給路を確保する上で重要であることから、がん細胞も多く持っています。コロナウイルスは神経細胞に感染する際、特にこのNRP-1受容体を使っていると筆者とAIのハイブリッドチームは分析しています。

このNRP-1はヒトから犬、ゼブラフィッシュまで非常に幅広い動物に見られ、これを司る遺伝子は異種の間で僅か17%しか異なりません。コロナウイルスにとっては、どれかの動物でNRP-1を利用する方法を見つければ、他の動物のNRP-1もほぼ同じやり方で使うことができるため非常に効率的なはずです。実際に、SARS-CoV-2のスパイクプロテインはこのNRP-1と非常に強固に結合できます。

3ヶ月前に以下のツイートを投稿しました。



これは、コロナウイルスに感染しないはずのゼブラフィッシュが、このウイルスに曝露されると記憶障害などの症状を起こすほか、天敵を前にしても群れを形成する防御反応をしなくなるという研究でした。しかし、ゼブラフィッシュもコロナウイルスの侵入口を持っていて、しかも人間と83%同じということです。NRP-1の遺伝子は、ニューロンの他に肺組織に多く、特に女性で多く発現しています。また、人間の全組織内で最も多く発現しているのは胎盤です。

興味深いことに、NRP-1はHIV-1を抑え込む働きをすることがわかっています。コロナウイルスとHIV-1はどちらもスパイクを持ち、脳細胞に炎症を起こすことから類似点の多い二種類のウイルスですが、コロナウイルスはHIV-1の弱点を克服していると見ることもできるかも知れません。


細胞膜上の受容体は、他の組織からの合図を受信するための器官です。形が合った信号を受信すると、そのシグナルが細胞内部を走り、細胞核に伝わります。NRP-1の場合はPLEXIN-A4というプロテインを通して、セマフォリンという物質からの信号を受け取るのが本来の働きです。セマフォリンは神経回路の形成や免疫機能の調整に関わっています。NRP-1、PLEXIN-A4、そしてセマフォリンの3つが合わさると、シナプスや血管新生に関わる様々な作用が始まり、成人になってからの代表的なものに「シナプスの剪定」があります。



異常反応の連鎖



本来PLEXIN-A4を待っていたNRP-1がコロナウイルスのスパイクプロテインに結合すると、異物であるにも関わらず何らかのシグナルが細胞内部に伝わるため、歪なNRP-1の働きが現れます。冒頭で紹介した様々な症状群は、全てNRP-1の本来の機能に関連しています。

アルツハイマー病患者の脳細胞では、この受容体が通常よりも多く分布していることがわかっています。そのため、脳細胞への侵入経路としてNRP-1を使うコロナウイルスにとってはアルツハイマー病患者の脳は非常に感染しやすい条件になっています。また、以前のACE2受容体に関する投稿でも指摘したのと同様、コロナウイルスは自身に都合の良いようにNRP-1の数を増やす作用を示します。腫瘍細胞の場合、腎臓、腎細胞癌(KIRC)、胃腺癌(STAD)、胆管癌(CHOL)、頭頸部扁平上皮癌(HNSC)、肝臓肝細胞癌(LIHC)、甲状腺癌(THCA)、食道癌(ESCA)の少なくとも7種類でNRP-1受容体が異常に多く出現しており、これらの多くのタイプの癌がコロナウイルス感染で急激に悪化することが報告されています。これらの癌を患っている人は入念に注意した方が良いでしょう。腎臓癌がこれらに含まれているのは、元々腎臓にもNRP-1が多く現れているためです。

NRP-1は脳と癌細胞のほかに、ミトコンドリアにも影響します。この受容体はミトコンドリア機能と鉄恒常性の調整、そしてアテローム性動脈硬化症にも影響しています。ミトコンドリア機能不全が、コロナウイルス長期障害を説明する有力な候補になっているのは昨今ツイートした通りですが、ウイルスと連結したNRP-1が発するシグナルでミトコンドリアDNAの発現が異常をきたすと褐色細胞腫を発生させることがあります。これは副腎髄質から発生する腫瘍で、悪性の場合は早期診断法と有効な治療法の確立が必要な難治性疾患です。悪性はSDHB遺伝子に異常が生じている場合に多く、この遺伝子が生成するプロテインはミトコンドリアの内膜に保存されることから、ミトコンドリアの健康と大きく関連しています。褐色細胞腫が発生すると、細胞腫からアドレナリンを含むカテコールアミンが生産され続けるため、差し迫った死の恐怖を感じる精神症状、パニック障害、血管の収縮のほか、突発的な動悸などが生じます。


このように、コロナウイルスのNRP-1利用はバラバラに見える症状群のほか、長期障害まで含めてシンプルかつ統一的に説明できます。今後、ACE2受容体と並んでNRP-1の感染作用に関する研究が進むことが期待されます。




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